【2017年11月】特別インタビュー
光岡 知足 (みつおか ともたり)先生
生菌か死菌かではなく、
腸内フローラを整えるには
菌の数が重要です
生活習慣病やアレルギーなどと腸内環境は深い関係にあり、 健康を語るうえで腸内環境が重視されるようになってきました。 腸内環境を改善するとしてビフィズス菌などの乳酸菌を成分とする 多種多様な健康食品が販売されています。
「生きた乳酸菌(生菌)が効く」「生菌は腸で増える」 「生菌をとっても胃酸によって死滅するから意味がない」など、 巷には乳酸菌にまつわる“噂”でいっぱいです。 真実はどうなのでしょうか。 日本における乳酸菌研究の先駆者であり、 今なお第一人者である光岡知足先生に「乳酸菌の真実」について お話をお聞きしました
プロバイオティクスの幻想
生きている乳酸菌(生菌)の摂取を勧める傾向がありますが、いかがお考えでしょうか。
腸内フローラのバランスを整え、健康に寄与する生きた細菌(生菌)や酵母などをプロバイオティクスと呼んで、今や乳酸菌を使った健康法において、生菌をそのまま腸へ届けることが主流になっています。
しかし、いくら努めても意味がありません。乳酸菌の場合、生菌では体に吸収されないのです。さらに、腸で生菌が増殖することもありません。これらはすべて実験で確かめられています。
生菌をとったとしても、胃酸や胆汁酸によって死菌となるのが、人間の体の自然な行為なのです。
ではなぜ、企業は「生菌は効果がある、死菌は効果がない」と宣伝するのでしょうか。
企業は生きたまま菌を腸へ届けるためにたいへんなお金をかけています。過去に自分たちが「死菌は効かない」と言ったことに縛られているのでしょう。
死菌の効果は実証済み
死菌に効果があるということですか?
すでに私は1964年に実験をして確認しています。殺菌したヨーグルトをマウスに投入して、マウスの寿命にどのくらいの影響があるかという実験を行ないました。
実験では、90匹のマウスを、普通の飼料を投与した群、牛乳を14%添加した飼料を投与した群、殺菌酸乳を14%添加した飼料を投与した群に分けて、離乳期から一生にわたって寿命を調べました。ちなみに、酸乳とは乳酸菌によって発酵させた発酵乳のことです。その結果、普通飼料群と牛乳投与群の平均寿命は84.9週、84.4週でしたが、殺菌酸乳投与群のそれは91.8週に延びました。約7週間(8%)長生きしたことになります。人間に置きかえれば、日本人の平均寿命は約85歳ですから、約7年に相当するといっていいでしょう。
私は、生菌を主とするプロバイオティクスと区別するためにバイオジェニックスと呼んでいます。バイオジェニックスは加熱乳酸菌だけではありません。生体に直接作用し、免疫機能促進や抗酸化作用などをもつビタミン類やフラボノイドなどもそのように呼んでいるのです。
菌体成分が免疫を活性化
乳酸菌はどのようにして体に良い影響をもたらすのですか?
小腸にはパイエル板という器官があります。ここには体全体の約60%の免疫細胞が集まっているのです。パイエル板にはM細胞という小さな穴が開いています。この穴に菌体成分が入ると、さまざまな免疫反応が起こり、それによって腸内のビフィズス菌をはじめとした善玉菌が増加し、腸内環境を整えることが判明しました。
ちなみに、一般の乳酸菌は菌同士が凝集する習性があり、菌サイズが大きく、この穴を通過で きません。免疫機能に影響を与えているのは、菌体成分や菌の代謝産物ですから、生菌であっても死菌であっても良いわけです。
ただし、生菌は死菌になるまでの過程にすぎません。生菌を摂取しても問題はありませんが、製品に含まれる菌の数はそれほど多くはありません。200㎖のヨーグルトには20億ほどの乳酸菌が含まれていますが、乳酸菌生成物を加熱処理して錠剤などに加工すれば、わずか数グラムのサプリメントでも1〜2兆ほどの数を取り入れることができます。体に良い影響を及ぼすのは、あくまで菌の数ですから、生菌であっても死菌であっても数の多いほうがいいわけです。
光岡知足先生プロフィール
農学博士。理化学研究所、東京大学教授、日本獣医畜産大学教授、日本ビフィズス菌センター理事長などを経て、 現在、東京大学名誉教授。 ビフィズス菌研究の第一人者として世界に著名な腸内細菌学の世界的権威。 腸内細菌叢の系統的研究で1988年に日本学士院賞、 2007年に国際酪農連盟・メチニコフ賞を受賞。『腸内細菌の話』(岩波書店)、『ヨーグルト』(NHK出版)など、多数の著書がある。